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[リンク記事]スティーブン・ゴーワンズ「シリア憲法がアサドと反乱勢力について語っていること」
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[リンク記事]

スティーブン・ゴーワンズが、アサド政権が提案し2012年2月26日の国民投票によって承認された新憲法と、それを拒否してアサド打倒に固執するシリアの反乱勢力について書いた記事「シリア憲法がアサドと反乱勢力について語っていること」を翻訳紹介する。

ゴーワンズはここで、先日紹介した署名運動も主張している「シリアの反乱勢力は、はじめは非暴力で民主化を求めていた抗議運動だったが、政府の野蛮な弾圧によって、自衛として武器を取らざるを得なくなった。そしてその後宗教過激派グループが浸透する結果となった」という主張が誠実なものではないと批判している。

実際には、ブログ「media debugger」も書いているように、「シリアの「反政府デモ」は、そもそもの発端から一般市民および治安当局――いずれもアサド政権の支持基盤――に対するテロリズムに満ち溢れて」いた。シリアで初めて抗議運動が始まったほぼ最初の時点から、抗議運動よりも政府側により多くの死者が出ていたのである。

イラン人ジャーナリストであるモスタファ・アフザルザダーとイギリス人ジャーナリストのリジー・フェランによって制作されたシリアに関するメディアの虚偽報道の検証ドキュメンタリー「反体制の製造」(2012年10月)も追っているように、実際に起こったことは、非暴力の抗議行動に武器を持ったイスラム主義者が浸透・介入し、市民・政府側部隊双方に攻撃を行って混乱を拡大させていったということである。サウジやカタールなどの湾岸諸国や欧米帝国主義国に支援を受けながら活動を活発化させたイスラム主義者(ムスリム同胞団やイスラム原理主義者)が武器を持って混乱を引き起こし、その責任をアルジャジーラといったメディアとともに「非暴力のデモ参加者が殺害されている」としてアサド政権になすりつけたということなのである。

だから当初からシリア政府が取り締まっているのは、「非暴力の抗議運動」や「政府の弾圧により自衛のために武器を取らざるをえなくなったもともとは非暴力だった抗議運動」なのではなく、外国反動諸国から支援を受けた武装イスラム主義者のテロリズムなのである。そのようなイスラム主義者は、はじめから「民主主義」に関心はなく、目的はイスラム教国家の樹立となる。だから、ゴーワンズが紹介するようにアサド政権がどれだけ実質的な「民主化」を進めようとも、新憲法や話し合いを拒否しながらアサド体制打倒に向けて戦争を続けていくのである。

そして、そのような初めから「民主主義」からほど遠く国内の支持もないシリアの反乱勢力への支持と、改革を進めるアサド政権の打倒をいまなお欧米で呼びかけているのが、「革命」「民主主義」「尊厳と自由」「シリア革命はメキシコのサパティスタ革命やブラジルの土地なし農民運動の拡張」といった実際の状況を鑑みればほとんど空疎で支離滅裂でしかないような言葉の数々をもてあそぶ件の署名運動と、それに賛同している左翼の知識人や活動家なのである(声明の内容自体別途に検証される必要があると思うが、それにしても非常に怪しむべき点が多い)。

日本シリア親善協会のウェブサイトで述べられているように「現政権を倒すことで混乱が終結に向かうとは到底考えられ」ない。またそのことによって何かましな民主主義が誕生したり、シリアが維持してきた中東地域を一世紀以上に渡って混乱させてきた西側帝国主義からの独立性や「パレスチナの大義」の闘いを肯定的な方向に展開されるという見込みもない。新憲法の国民投票で示された通り、シリア国民が選んだのはアサド政権が新憲法で提示した枠組みでの改革であり(来年には大統領選挙も予定されている)、反乱勢力のテロや虐殺(今月6月日本政府もまた反乱勢力への直接的な「人道支援」を決定している)、あるいはNATOの空爆に曝されて、不安定な未来に投げ入れられることではないのである。

*シリア憲法の英訳は以下で読める。
http://www.al-bab.com/arab/docs/syria/syria_draft_constitution_2012.htm

管理人・嶋田頼一

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シリア憲法がアサドと反乱勢力について語っていること
What the Syrian Constitution says about Assad and the Rebels
スティーブン・ゴーワンズ 2013‎年‎5‎月‎21‎日

シリア政府に対する反乱は、多元主義的な民主国家を切望する草の根運動によって喚起されたものであるという考えはフィクションである。反体制派の主要部分は、世俗的でアラウィ派という「異端」によって支配されていると彼らが罵るシリア政権の代わりに、スンニ派が支配するイスラム教国家を設立しようとするイスラム主義者なのである。「アルカイダにつながる諸集団が・・・反乱兵士の中心である」とウォールストリートジャーナルは書いている(1)。ニューヨークタイムズは「アサドを追い落とすために、西欧が世俗的な軍隊や反対勢力を養成する能力を持っていないことに対する不満が見られる」と同調する(2)。「イスラム勢力が反体制勢力のなかで優勢になっているようだ」とGerald F. Seibは述べる(3)。

シリアにおいてイスラム勢力による騒乱が発生したそのほとんど最初から、シリア政府は、一部の抗議運動は正当な理由のある不満を持つものである一方、反乱自体は外国から支援を受けた好戦的イスラム主義者に駆動されていると言ってきた。民主主義を忌み嫌うサウジアラビアやカタールの君主国家がイスラム主義戦士に武器を与え、そしてトルコ、ヨルダン、イスラエル、フランス、イギリス、アメリカもまた支援を与えてきたということは秘密でもなんでもない。

脱植民地化以降のシリアの歴史は、イスラム主義者の反乱によって縁取られている。ムスリム同胞団は、1964、65、67、69年に反政府暴動を起こしている。同胞団は、現大統領の父であるハーフィズ・アル=アサドに対する聖戦を呼びかけ、彼を「アラーの敵」と罵った。1977年には、ムジャヒディンはシリア軍とそのソ連人顧問に対してゲリラ闘争を開始し、1982年のハマー市占領で頂点に達した。シリア軍はその占領を鎮圧し、2万から3万人を殺害した。以来、イスラム主義者は長年にわたるシリアの不安定化の要因であり、シリア政府は「スンニ派イスラム主義者の復活」に対して絶え間なく警戒してきたのである(5)。周辺諸国の反乱に触発された最近の復活を見て、Glen E. Robinsonは雑誌「Current History」において、「反乱は「シリアの長期内戦」の継続である」と書いている(6)。

しかし西側メディアは、旧宗主国勢力とアメリカ政府の高官に同調して、それとは異なる説明をしてきた。つまり「野蛮な独裁者に対する民衆的で草の根の反乱」であると。しかし今日では、戦争捕虜の殺害や、捕らえられた兵士の内臓摘出、頭部のバーベキューといった YouTube で氾濫するイスラム主義テロリストの映像が、そういった説明を無意味なものにしている。もはやこれ以上、シリアの反乱を独裁者に対する民衆蜂起だとして天使化することは可能ではない。いまでは、ウォールストリートジャーナルやニューヨークタイムズですらアサドの見方を共有しているのである。

しかし、反乱勢力を支持し擁護する人々は、完全に屈しようとはしない。彼らは、現在反乱勢力はテロを強く好む宗教的狂信者に占められているかもしれないが、ずっとそうであったわけではないと主張する。彼らはそのかわりに、反乱は民主主義を求める平和的な嘆願として始まったが、政府の野蛮な暴力で弾圧された後に最終的に聖戦主義者に乗っ取られることになったのだと主張する。弾圧された時点では、抗議運動は自衛のために武器を取らざるを得なかったのであると。

この見方は不誠実なものである。まずそれは、反乱が民主主義になんの興味もなく、実際には積極的に敵対しているイスラム主義者によって支配されているという現実を脇においている。さらにそれは、アサド政権が、反乱勢力が渇望しているとされる多元的で民主的な社会をつくりだすために大幅な譲歩を行ってきたという事実を隠蔽している。反乱勢力はその譲歩を拒否したのである。その反乱勢力の行いはその起源が民主主義にではなく、イスラム主義的野望にあることを強く示すものである。

抗議運動の要求に対して、シリア政権は表面的でも部分的でもない多くの譲歩を行っている。

まず、政権は、非常事態法によって正当化されてきた長期に渡る市民的自由の制限を解除した。その法律は、シリアが形式的にはイスラエルと戦争状態にあるということで発動され、戦時中において政権が国の安全を守るために必要な権限を与えてきた。戦争中にある国家ではよくとられる処置である。しかし、多くのシリア人は、その法律を冷やかし、過剰な規制であるとみなしてきた。民衆からの圧力に屈して、政府はそれらの安全保障処置を解除したのである。

次に政府は、バース党から特別な地位を取り上げるという抗議運動の要求に応えるために新憲法を提案した。それまで、バース党はシリア社会における指導的な役割を保証されてきたのである。さらに大統領の職は、居住や年齢、国籍といった基本的な資格を満たせば誰にでも開かれるものとなった。大統領選挙は、普通選挙によって、7年ごとに秘密投票において開催されることになった。

ここには、反対勢力が強く要求していたとされる複数政党制があった。民主的で多元的な社会を求めていた抗議運動は、政権の申し出を受け入れ、その願いを叶えることができた。その憲法案は国民投票にかけられ承認され、複数政党制による新しい議会選挙が開かれた。複数候補による大統領選が、2014年に行われることになった。民主主義の新しい夜明けがやってきた。反乱勢力は、武器を置いて彼らの勝利の果実を楽しむことができた。

そうあなたは思うかもしれない。しかし、そのかわりに反乱者たちは、それが遅すぎたといってその改革を拒否し、政権への戦争を拡大させた。遅すぎる? 多元的民主主義は、12時までに到着しなければカボチャに変わってしまうのだろうか。アメリカ、イギリス、フランス政府もまたアサドの譲歩を退けた。理由を説明することもなく、それらの譲歩が「無意味」であると述べたのである(7)。しかしそれらの改革は反乱勢力が要求し、アメリカが要求してきたものなのだ。何が無意味だというのか? 紛争の平和的解決を求めてきた民主主義者やアサド政権が、「民主主義は「革命」の主要な要因ではない」(8)と結論付けてもまったく責めることはできないであろう。

シリア大統領は、このことについて詳しく述べている。

「当初、要求が改革を求めるものであるということは見たところはっきりしていました。問題は政治改革であるというように危機は利用されてきたのです。だから私たちは、緊急事態法の解除やすべての政治的反対勢力との国家的対話といったものを含む、憲法改正から法律の改正までの大規模な改革を行ってきたのです。それにもかかわらず、改革の各段階でテロの規模が拡大してきたというのは驚くべきことでした。」(9)

アメリカの視点から見れば、新憲法は新たな政党のために場所を開いた。アメリカは、シリアでの影響力を高めるために、親米的な立場を取る政党を即座に支援することによって、この開放を利用することができる。プラスの面である。

しかし、イスラム主義者の視点から見ればマイナス面しかない。まず、その憲法は世俗主義であり、イスラム教に根拠を持つものではない。次にそれは、ジェンダーや出身、人種や皮膚の色に対する差別に基づくものと同様に、宗教や宗派、部族や地域に基づく政党や政治運動を禁止している。これは基本的にイスラム教国家の樹立を目的とするどのような政党も禁止するものである。

アメリカやイギリス、フランスやイスラエル政府にもマイナスの側面がある。

まず、憲法の序文がシリアを「アラブ主義の鼓動する心臓」、「シオニストという敵との対決の前線にあり、アラブ世界やその力量や富に対する植民地主義的覇権への抵抗の基盤」と定義していることである。これは、シリアをイスラエルの「平和的パートナー」に変えようというアメリカの欲望とまったく異なるものであり、アラブ世界における新植民地主義的な影響力の拡張という西欧諸国の計画とも合致しない。

次に、新憲法は、シリアのバース党の政治的方向性を定式化した。これは、アサドによって次のように要約されてきた。「シリアは、西洋の利益のためにシリア人を働かせるのではなく、自国民の利益に従って働く独立国家である」(10)。それゆえに新憲法は、シリア経済の重要部門は国有制を維持し、シリア人の利益のために運営されると規定した。したがって、西側企業はシリア経済の主要部門において利益を得る機会から締め出されることになった。このことは、アメリカの意思決定を支配するウォールストリートの経済的利益にとってはほとんど悲観的な将来展望である。

バース党社会主義は長い間アメリカ政府を苛立たせてきた。バース党国家は、企業の国有化、国内民間企業に対する補助金、外国からの投資の制限、輸入の制限を通じて、シリア経済に大きな影響を及ぼしてきた。これらのことは、独立した旧植民地国家が、旧宗主国勢力の支配から自らの経済的生活を取り戻し、外国利権の支配から自由に経済発展を計画しようとする際には不可欠な経済的手段である。

しかし、アメリカがめざしているのは、正反対のものである。シリアに自国の産業を養成してほしくはないし、完全に独立を維持してほしくもない。シリアの労働力を外国企業の搾取に直面させ、シリアの土地と天然資源に対する外国の所有を可能にすることによって、シリア国家にアメリカの主要な銀行家や投資家の利益に奉仕してほしいのである。

アサドが新憲法を起草する以前、アメリカ国務省は、シリアが「ますます相互関連性を深めるグローバル経済に参加することに失敗した」といって不満を訴えていた。すなわちシリアが、自国の国有企業をウォールストリートの金融機関を含む民間投資家に差し出していないということである。またアメリカ国務省は、アサドが「イデオロギー的理由」によりシリア経済の自由化を妨げており「政府企業の民営化は広がっておらず」、経済は「政府によって高度にコントロールされている」と不満を表明している(11)。

もしアサドがウォールストリートの要求を受け入れる用意があるのなら、アメリカ国務省を苛立たせていた統制経済的な政策から一気に手を引いていたことであろう。その代わり、彼は逆のことをした。彼は憲法草案において、政府はシリア人の利益にそって経済を運営する役割を維持すること、シリア政府は西欧の銀行や石油会社、そのほかの企業の利益のために働かせることはしないということを決めたのである。これは基本的にアメリカへの侮辱となった。

彼はさらに罪を深めた。一定の社会的権利を憲法に書き込んだ――病気、障害、老齢に対する社会保障、医療へのアクセス、すべての段階における無償教育。いまやこれらの権利は、減税や外国投資のためにこれらの権利を犠牲にしようとする議員や政治家には簡単に手の届かないものとなった。さらに悪いことに、彼は憲法に「税金は累進課税方式とする」という条文を入れた。

最後に、金融や企業世界に無数のコネクションを持つアメリカの政策決定者が決して受け入れることはできない本物の民主主義へとアサドは一歩踏み出した。彼は憲法に、人民議会の最低半分は、農民と労働者でなければならないという条項を入れたのである。

そこに、アメリカ、英国、フランスがアサドの譲歩を決して受け入れない理由がある。それらの譲歩が誠実なものでないからではない。その譲歩が間違った人々のために行われたからである。ウォールストリートのためではなくシリア人のために、イスラエルのためにではなくアラブ人のために。そしてまた、アメリカ、英国、フランスがアサドの譲歩を受け入れないのは、その譲歩が十分に民主的でないからではない。それはあまりに民主的だからであり、ウォールストリートやアメリカ、イスラエルの利益の促進のためにシリア人を働かせるのではなく、シリア人の利益を守り促進するという点に焦点を当てているからなのである。

シリア憲法はシリアのバース党の方向性を明確にし、なぜ外国に支援を受けた反乱勢力との戦いにおいてシリア政権が支持されなければならないかを明白にしている。つまり、結局のところ、シリア政権は進歩的であり、それに対する勢力は反動的なのである。シリア政権は、親パレスチナであり、反シオニストであり、反植民地主義であり、反帝国主義なのである。そして、世俗主義、非宗派主義、経済の管制高地としての国有化に献身しているのである。これらの価値は、長年政治的左翼が高く掲げてきたものである。もしシリア政権が崩壊すれば、アメリカの言いなりとなる国家がダマスカスに設立されることはほぼ確実である。それは、親米的外交政策を採用し、パレスチナ人を見捨て、イスラエルに降伏し、西欧の投資家や企業に取り入るであろう。したがって、左翼運動は深刻な打撃を受けることになり、民族解放に献身する国家――社会権を憲法で保障する十分に民主的方向性を持つ国家であることはいうまでもない――がさらにもうひとつアメリカ帝国主義の圧倒的な力によって押しつぶされるということなのである。


1. Adam Entous, “White House readies new aid for Syrian rebels”, The Wall Street Journal, April 10, 2013.
2. Anne Barnard, “Syria campaigns to persuade U.S. to change sides”, The New York Times, April 24, 2013.
3. Gerald F. Seib, “The risks holding back Obama on Syria”, The Wall Street journal, May 6, 2013.
4. Anthony Shadid, “Assad says he rejects West’s call to resign”, The New York Times, August 21, 2011.
5. US Library of Congress. A Country Study: Syria. http://lcweb2.loc.gov/frd/cs/sytoc.html
6. December 2012.
7. David M. Herszenhorn, “For Syria, Reliant on Russia for weapons and food, old bonds run deep”, The New York Times, February 18, 2012.
8. Zeina Karam, “In rare public appearance, Syrian president denies role in Houla massacre”, The Associated Press, June 3, 2012.
9. Bashar al-Assad May 19, 2013 interview with Clarin newspaper and Telam news agency
10. Bashar al-Assad May 19, 2013 interview with Clarin newspaper and Telam news agency
11. US State Department website. http://www.state.gov/r/pa/ei/bgn/3580.htm#econ. Accessed February 8, 2012.
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[参考・メモ]懲りない「反独裁」左翼
category: - | author: conflictive.info
[参考・メモ]

気づくのが遅れたが、この期に及んでまだ「アサド独裁政権打倒」を訴える国際署名を見つけたので紹介しておきたい(詳しい経緯はわからないが、署名の呼びかけ開始は2013年4月上旬のようである)。

Solidarity With the Syrian Struggle for Dignity and Freedom
(「尊厳と自由を求めるシリア人の闘いへの連帯」)
https://www.change.org/petitions/solidarity-with-the-syrian-struggle-for-dignity-and-freedom

私が名前を知る範囲では、アリス・ウォーカー、デビッド・マクナリー、エティエンヌ・バリバール、フレドリック・ジェイムソン、ガッサン・ハージ、ジルベール・アシュカル、イラン・パペ、ジョン・ホロウェイ、マニュエル・カステル、ノーマン・フィンケルスタイン、タリク・アリといった(一部おなじみの懲りない)面々が名を連ねている。内容は、2011年3月以来のシリアにおける騒乱において、「自由と尊厳」を求めて闘っている反体制勢力をあくまでも支持し、シリア政府によるシリア国民への弾圧の停止とアサド大統領の「言い訳抜き」の退陣を要求するよう「グローバル市民社会」に呼びかけるものである。しかし、それは中東支配という地政学的利益からどこまでも政権転覆に固執する米欧日帝国主義と同じく、「民主主義」を掲げながらも、アサド政権の新憲法案が反体制派の妨害にも関わらず2012年2月の国民投票で多数の賛成を獲得した事実や(投票率57.4%で89.4%の賛成)、その他シリア国内で数多く行われているアサド大統領支持の大規模なデモはまったく無視するご都合主義的なものでしかない。

シリア国民の強力な支持があるからこそ、混乱が始まって2年以上経ったいまなおアサド政権は単に持ちこたえるどころか優勢を広げているのである(そういった動向への焦燥感からこの署名が呼びかけられたのだろうが)。TV的「反独裁」主義から目を覚まさない限り、シリアでの惨事を止められないどころか、新たな米・NATOによる軍事介入への後押しにしかならないであろう(署名運動が支持する反体制勢力こそが帝国主義国によるさらなる武器供給と自国への空爆を求めているのである)。リビアへのNATOの軍事介入とその悲惨な結末を目の当たりにしても何も学ぼうとしない左翼というものがここにいるのであり、正しく「帝国主義左翼(社会排外主義)」「新植民地主義左翼」「戦争賛成/反−反戦左翼」と呼ばれるべき人たちである。

*シリアにおける「アラブの春という嘘」の発生状況とその後の展開については、ブログ「media debugger」に詳細にまとめられているのであらためて参考にしたい。

「人道的侵略」産業とシリア
http://mdebugger.blog88.fc2.com/blog-entry-173.html

管理人・嶋田頼一
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[転載]「【速報】東日本入管センターでも被収容者のストライキ(注目と抗議をお願いします) 」仮放免者の会(PRAJ)
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[転載]仮放免者の会(PRAJ)

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http://praj-praj.blogspot.ca/2013/06/blog-post_19.html

Wednesday, June 19, 2013

【速報】東日本入管センターでも被収容者のストライキ(注目と抗議をお願いします)

昨日6月18日(火)より、東日本入国管理センター(茨城県牛久市)の被収容者が集団での帰室拒否ストライキを開始しました。

東日本入管センターでは、フリータイムと呼ばれる開放処遇の時間帯(9:20〜11:40、13:00〜16:30)をのぞき、カギのかかった居室に閉じこめられます。今回おこなわれているストライキは、フリータイム終了時刻の16:30になっても帰室を拒否し、団体でのセンター側との交渉をもとめるものです。

ストライキに参加している被収容者数など、現在のところ詳細は不明ですが、複数のブロックにまたがり、数十名規模での帰室拒否がおこなわれているもようです。

あるブロックでは、およそ20名が18日夕方に帰室を拒否し、以下の要求をセンター側につたえたうえで、この日は18時前に全員が帰室したとのことです。なお、こうした夕方の抗議行動は、きょう(19日)以降も、被収容者たちは継続してくりかえしおこなう意向だといいます。

1.仮放免申請の審査に長期間かかっている(2ヶ月以上待たされている事例も多い)ので、その理由を説明すること。
2.長期収容をしないこと。
3.仮放免不許可の場合に不許可理由を説明すること(現在、センター側はいっさい理由を説明していない)。
4.医療処遇を改善すること。
5.人権を尊重すること。
6.チャーター機での一斉送還の計画は本当なのか、説明すること。

被収容者側は、これまでも連名での嘆願書提出などの手段によって、くりかえし処遇の改善等をうったえてきました。

収容の長期化、劣悪な医療処遇等(東日本入管センター被収容者による嘆願書) - 仮放免者の会(PRAJ)
東日本入管センター9Bブロック被収容者による「申出書」 - 仮放免者の会(PRAJ)

ところが、こうした要求に対し、入管センター側が真剣に検討し、回答してこなかったことに、被収容者たちの不満がたかまっております。

今回の集団での帰室拒否ストライキは、以上のような経緯があっての行動であり、誠実に話し合いに応じることをセンター側にもとめた、非暴力による抗議行動です。センター側による暴力的な弾圧をゆるさないため、みなさまに、今後の推移を注目していただくとともに、電話やファクシミリ等によるセンターへの抗議をよびかけます。

とりわけ、暴力的な制圧をおこなわないこと、被収容者との話し合いに応じ、誠意ある回答をすることを、センター側にもとめていただけるとさいわいです。


【抗議先】東日本入国管理センター 総務課
•tel: 029-875-1291
•fax: 029-830-9010
•〒300-1288 茨城県牛久市久野町1766-1

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【解説】
このたびの被収容者による抗議行動の背景について、当ブログのこれまでの記事なども参照しながら、以下に整理しておきます。

東日本入管センターには、現在およそ400名が収容されています。その大多数は、入管から退去強制令書を発付されたものの、それぞれ帰国できない事情をかかえ、国籍国への送還を拒否している人たちです。

帰国できない事情は人によりさまざまですが、そのひとつは、帰国することで殺害や投獄の危険が予想される難民であるということです。周知のとおり、日本の難民認定審査は、申請者自身に難民性の立証責任をおわせるなど、申請者にとってきわめてきびしい運用がなされており、例年の認定者数も諸外国にくらべて異常に少ないという現状があります。こうしたなかで、退去強制令書を発付されながらも難民認定申請をおこない、仮放免許可での出所を待っている人が多数おります。

また、日本に家族がいるために、帰国すると配偶者や子どもなどと離ればなれになってしまう人も多数収容されています。オーバーステイ状態にあっても、パートナーとの婚姻をととのえたうえで出頭すれば、入管は在留資格をみとめる場合が多いです。しかし、不運にも、婚姻の手続きを終えるまえに摘発されてしまった場合、摘発後に婚姻しても入管はなかなか在留資格を認めません。婚姻の手続きに時間や費用がかかるケースは多々あり、婚姻の準備をすすめているところで摘発されてしまうというケースも多くあります。また、法的な婚姻手続きが完了していても、「偽装結婚」の疑いありと入管側が判断すれば、在留資格が認められません。これは入管側の裁量ひとつで「偽装結婚」かどうかの判断を恣意的におこなえるということであって、これに対して外国人の側からは、訴訟等によって「真正な結婚」であるとの立証をみずからおこなっていくしかありません。

帰国できない事情として、ほかに、日本への滞在が長期にわたるため、国籍国には生活基盤がもはやないという人も多数おります。そのなかには、10年以上あるいは20年以上ものあいだ、非正規滞在の労働者として職場等で不可欠な労働力として必要とされてきたものの、「不法滞在」「不法就労」を「厳格に」取り締まるという日本政府・法務省の方針転換後に、摘発され強制退去を命じられている人がいます。日本政府が、在留資格・就労資格をもたない外国人を「不法」化した状態で安価な労働力として利用する政策から、これをいわば「不要」とみなし集中的に摘発し追放する方針へと転換した過程については、以下の記事を参照してください。

強制送還再開への抗議を!――入管が被送還者の食事に睡眠薬を盛った疑惑も - 仮放免者の会(PRAJ)
仮放免者問題と強制送還について――この10年の入管行政をふりかえって - 仮放免者の会(PRAJ)

また、国籍国に帰国できないという人のなかには、かつて在留資格があったものの、刑罰法規違反により在留資格が取り消されたりその更新を認められず、退去強制令書を発付されたという人もいます。こうした人たちは、すでに懲役等の処分を受けたうえで入管に収容されているわけです。これにくわえて入管から国外追放を命じられるということは、ひとつの違法・違反行為に二重の制裁が科されるということです。日本国民であれば科されることのない、こうした二重の制裁が、外国人の場合は入管法を根拠に科されることがあるわけです。とくに、長期滞在により国籍国に生活基盤がない人、あるいは幼少期に来日しており国籍国での教育を受けていない人にとって、退去強制は、更生し社会復帰する機会を不当にうばうものにほかなりませんし、刑罰法規違反を理由にほとんど見知らぬ土地に放り出されるということを意味します。

以上のように、帰るに帰れない事情を、東日本入管センターの被収容者のほとんどがかかえており、そうしたそれぞれの事情や国籍・宗教・民族等をこえた団結のもと、抗議行動がおこなわれています。

しかも、昨年からとくに仮放免許可が出にくくなり、これにともない収容の長期化が生じています。収容期間が1年半や2年をこえる被収容者もおります。収容の長期化によって、病状が深刻化する被収容者がふえますし、センターの医療体制は約400人の収容人数にとうてい追いついていない状況があるため、以下のようなおどろくべき深刻な事態も現に生じています。

同意なく一度に6本の抜歯/骨折を70日以上も放置(東日本入管センター) - 仮放免者の会(PRAJ)

このように、収容の長期化とこれにともなう医療処遇のさらなる悪化が、今回の被収容者のストライキの大きな背景としてあることはまちがいありません。

なお、西日本入管センター(大阪府茨木市)でも、被収容者による抗議行動が6月14日からおこなわれています。長期収容と劣悪な医療処遇に対する抗議とのことで、被収容者数63人のうち、30人弱が参加してのハンガーストライキが継続中です。

ハンスト:仮放免求め 西日本入管センター収容の27人− 毎日jp(毎日新聞)
•朝日新聞デジタル:西日本入管、外国人27人ハンスト 長期収容などに抗議 - 社会
•入管センターに収容中の外国人らがハンスト : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
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