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[リンク記事]「リビアを正しく理解する――革命的汎アフリカ主義パースペクティブ」
category: - | author: conflictive.info
[リンク記事]

ガイアナ出身のジャーナリストで運動家のジェラルド・A・ペレイラ(Gerald A. Perreira)が、リビア東部の都市ベンガジでカダフィに対する反乱が始まった2011年2月中旬以降、カダフィ体制を防衛する立場から書き継いだ記事をいくつか翻訳・紹介していきたい。今回は、反乱が始まって約2週間後の2011年3月2日に書かれた記事である。原文の著者紹介によれば、かつてペレイラは文中に出てくる World Mathaba の幹部であったとのことである。

ペレイラの記事を紹介する目的は、「神話」(作り話)の積み重ねで達成されたリビアの「民主化」についてその実像や歴史的背景について知ることであるが、ペレイラの記事の特色は、その「民主化/反革命」の性質をアフリカ・黒人解放運動および「イスラム社会主義」の見地から具体的に明らかにしている点である。管理人・嶋田頼一

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リビアを正しく理解する――革命的汎アフリカ主義パースペクティブ
ジェラルド・A・ペレイラ 2011年3月2日

Libya, Getting it Right: A Revolutionary Pan-African Perspective
by Gerald A. Perreira
http://blackagendareport.com/content/libya-getting-it-right-revolutionary-pan-african-perspective


何千ものインド人、エジプト人、中国人、フィリピン人、トルコ人、ドイツ人、イギリス人、イタリア人、マレーシア人、朝鮮人、および他の多くの国の人々がリビアを離れるために国境や空港に立ち並んでいる光景は、ひとつの疑問を浮かび上がらせる――そもそもかれらはリビアで何をしていたのか? 西側メディアやアルジャジーラによれば、リビアの失業率は30パーセントにものぼる。もしそれが本当なら、どうしてこんなに外国人労働者がいるのだろうか?

リビアに住み働く人々にとって、現在の状況には西側メディアや「欧米中毒」のアナリストが見過ごしている数多くの複雑さがある。それらのメディアやアナリストはヨーロッパ中心主義的な視点以外に発想源を持っていないのである。はっきりいうと、ヨーロッパ中心主義的な枠組みでは、リビアで何が起こっているかを理解することは不可能である。西洋人は、西側に起源を持つか、それになんらかの形で付属しているものでない限り、ひとつの政治制度を理解することができない。リビア国内の政治制度や現在起こっている争いは完全に西側の想像力を超えるものなのだ。

BBC や CNN、アルジャジーラによる報道は、過度に単純化されており誤解を生むものである。大部分はリビア国外に住んでいる反カダフィの論者の一団が私たちの前を行進しているが、どの人物も反革命的であり、到底信用できるものではない。ムアンマル・カダフィが国内外で大きな支持を得ているという抗議行動が始まった当初から明らかになっている否定しがたい証拠があるにも関わらず、カダフィ支持者の声はまったく報道されることはない。メディアと選り分けられたコメンテーターは、リビアは本質的にエジプトやチュニジアと同じであり、カダフィもまた大量の金をスイス銀行の口座にため込んだ圧制者にすぎないという世論を全力でつくり出す。しかし、どれだけかれらが懸命になろうと、カダフィをムバラクに、あるいはリビアをエジプトにすることはできないのである。

最初の問題は、リビアで起こっている反乱は、メディアがそう信じさせようとしているように、貧困や失業といった経済問題への懸念から噴き出したものなのかということである。事実を検証してみよう。

ムアンマル・カダフィの革命的指導のもと、リビアはアフリカでは最高の生活水準に到達した。2007年には、アフリカン・エグゼクティブ誌の記事で、Norah Owaraga は、リビアは「ナイジェリアやサウジアラビアのような他の石油産出国と違って、石油収入を国の発展のために使った。リビアの人々の生活水準はアフリカで最も高く、1人当たりの国民総生産は米ドル換算で2200ドルから6000ドルの間にある」と述べている。

このことは、1951年にリビアが公式的に世界の最貧国であったことを考えればなおさら注目すべきことである。世界銀行によれば、当時1人当たりの国民所得は年間50ドル以下であり、インドよりも少なかった。現在、すべてのリビア人は家と自家用車を持っている。ロンドンのジャーナリストである David Blundy と Andrew Lycett は、決してリビア革命の支持者ではないが次のように言っている。

「若者は着飾り、よく食べよく教育されている。いまやリビア人はイギリス人よりも1人当たりの稼ぎが多い。年間所得の格差は・・・たいていの国よりも小さい。リビアの富はかなり広範に社会に分配されている。すべてのリビア人が無償で、多くの場合卓越した教育や医療・健康サービスを受けることができる。新しくできた大学や病院はどのような国際基準に照らしても印象的なものである。すべてのリビア人が家かアパートの一室、自家用車を持ち、ほとんどがテレビやビデオ、電話を持っている。第三世界のほとんどの人々、そして第一世界の多くの人々と比べれば、リビア人の生活は大いに恵まれている。」(「カダフィとリビア革命」)

国内のあちこちで大規模な住宅建設工事が行われている。すべての国民が立派な家やアパートを家賃なしで供給されている。カダフィは『緑の書』で言っている――「住居は個人にとっても家族にとっても必需品であり、それゆえ他人に所有されてはならない」。いまやこの言葉は、リビア人にとって現実的なものになってしまった。

「砂漠に花を咲かせ」、食料の自給自足を達成する取り組みとして大規模な農業計画が実行されてきた。農業をやりたいリビア人には、土地、家、農作業具、いくらかの家畜、種子が無償で与えられる。

現在リビアは、アラブとアフリカ世界で最も素晴らしい医療制度を誇っている。すべての人々が、医者・病院・診療所・薬へ完全に無償でアクセスできる。リビアにある現実とは、リビア革命が自国民にそのような高い生活水準を与えることに成功したので、失業しているリビア人がやりたがらない仕事をさせるために外国人労働力を輸入しているということなのである。国内外の多くの論者はリビアを「商人の国」と呼んできた。自分自身の小規模ビジネスを持つということがリビアのアラブ人の魂の一部であり、リビアではこの種の小規模民間企業が盛んである。そして自分の若息子がつまらない仕事を探すのは家族の恥であり、自分の若息子がそんなことするくらいなら拡大家族に養われて家にいる方がましだと言うリビア人は多いのである。

完璧な政治制度などなく、リビアも例外ではない。リビアは9年間の経済制裁によって大きな被害を受け、そのことはリビア経済に大きな問題を生み出した。同時に、世界中で新自由主義的資本主義の途方もない危機から逃れられた場所はないのである。その危機はあらゆる場所に影響を与え、それは「自由市場」資本主義を拒否した革命後の社会も同様なのである。しかし、私が論じているのは、厳しい経済的不平等といったものが今回の紛争の核心ではないということである。ならば何が核心にあるのか?

アフリカをめぐる闘い

リビアでいま争われている戦いは、根本的に、カダフィが考える統一アフリカの実現に献身する汎アフリカ主義勢力と、統一アフリカの一部としてのリビアというカダフィの展望を拒否し、EUと肩を並べ、リビアの未来のためにヨーロッパとアラブ世界に傾倒する反動的人種差別的リビア系アラブ人勢力との戦いなのである。

多くのリビア人にとって問題となり理解が難しいカダフィの動向のひとつは、彼のアフリカ擁護であった。単一の通貨、単一の軍隊、アフリカ大陸全体の真の独立と解放という共通の展望によるアフリカ統一という彼の断固とした行動である。彼は、多くの時間やエネルギー、資金をそのプロジェクトに注ぎ込み、クワメ・エンクルマのように大きな代償を支払ってきたのである。

多くのリビア人はカダフィのこの動きを受け入れなかった。自分たちの指導者にはヨーロッパに目を向けてほしかったのである。もちろん、リビアは巨大な投資と貿易でヨーロッパと結びついている。しかし、リビア人はカダフィの心がアフリカにあることを知っているのである。

何年も前、リビア人と世界中の革命運動家が集まったある大きな会合で、カダフィは「黒人のアフリカ人(Black Africans)は、アラブ人が北アフリカにやってくるはるか以前から、リビアの本当の所有者だったのであり、リビア人は自分たちのルーツが古代のアフリカ人にあることを認めそのことに敬意を払わなければならない」と言った。彼は『緑の書』で主張しているように、「黒人が世界を席巻する」という言葉で締めくくった。多くのリビア人はそんなことは聞きたくなかった。肌の色が明るい他の国のアラブ人と同様に、黒人のアフリカ人に対するリビア人の偏見はかなりのものがあるのである。

同志的指導者、革命の案内人、諸王の王とはアフリカ人によってカダフィに授けられた称号である。つい先月、カダフィは、緊密な関係を持つアフリカの伝統的首長や王による連絡会議の設立を呼びかけた。大陸全体で草の根レベルからアフリカ統一を築き上げる取り組みを組織化するためのもので、それは政府・国家レベルで統一を構築するというクワメ・エンクルマやセク・トゥーレの時代以来不首尾に終わってきたアプローチとは反対のものである。このボトムアップ型のアプローチは世界中の汎アフリカ主義者に支持されてきた。

アフリカ人傭兵か解放戦士か

ここ数週間、(ある論者が評したように)「アフリカ人」という言葉に悪意に満ちた憎悪を吐きかけるため、メディアやそこで発言を許されたリビア国民が「アフリカ人傭兵」という言葉を何度も何度も繰り返した。

メディアは、カダフィ支持勢力のためにいかなる時間を割くことも拒否しているので、いかなる調査や現在起こっている事態への理解もなしに、サダフィ支持のリビア勢力といっしょに戦っている軍服を着た多くのアフリカ人は傭兵であると決め付けている。しかし、ジャマーヒリーヤ〔訳注・カダフィが標榜した直接民主主義的なリビアの政治体制のこと。カダフィ時代のリビアの正式名称は「大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国」〕とムアンマル・カダフィを防衛するために戦っているアフリカ人は、数ドルを支払われている傭兵であるというのは作り話であり、黒人のアフリカ人に対するお決まりの人種差別的、軽蔑的見方に基づくものである。

現実には、アフリカ全土の人々や離散したアフリカ人(African Diaspora)である人々のなかには、カダフィがアフリカ解放のための世界的な闘いに計り知れないほどの貢献を行ってきた結果として、ムアンマル・カダフィを支持し尊敬している人々がいるのである。

過去20年、アフリカ大陸からやってきた何千ものアフリカ人――かれらの多くは解放運動に関わっている――がリビアにおいて教育や仕事、軍事教育を提供された。アフリカや世界の解放運動に対してリビアが支援した結果、国際大隊が結成された。この大隊は自らをリビア革命の一部であるとみなし、リビア革命を国内外からの攻撃から守る責任を引き受けたのである。

これらのアフリカ人は、カダフィとリビア革命が達成したものを守るために、必要とあらば死を覚悟して戦っている。それは、スペインでフランコのファシズム勢力と戦っている革命勢力を援助するためにやってきた国際大隊とは違うのである。

マリの政治アナリストである Adam Thiam は書いている。「リビア革命によって設立されたイスラム軍(Islamic Legion)に入隊していた何千ものトゥアレグ人がリビアにそのまま残っており、いまはリビアの治安部隊に入隊している」。

襲撃されるアフリカ人移民

チャド、ニジェール、マリ、ガーナ、ケニア、南スーダン(ジョン・ガランが率いるスーダン人民解放軍によるハルトゥームのアラブ人覇権に対する解放戦争をリビアが支援する一方、すべてのアラブの指導者たちはハルトゥーム体制を支持していたことは書いておかなければなるまい)出身のアフリカ人戦士がアフリカ革命を防衛しているのと同時に、100万ものアフリカ人難民や何千ものアフリカ人移民労働者が、カダフィ派であるとみなされて殺害されるという危険に陥っている。

あるトルコ人建設労働者が集団虐殺について語っている。「私たちの会社では70から80人のチャド人労働者が働いていたが、剪定ばさみや斧で刈り殺された。襲撃した者は言った――「おまえらはカダフィに兵士を供給している」。スーダン人もまた集団虐殺された。私たちは直接それを目撃した」。

これは、カダフィ支持勢力に襲撃される「非暴力の抗議運動」とメディア上で描かれているものとはまったく異なるものである。実際、ベンガジ反乱の映像に映る男たちは、鉈(なた)や AK-47 自動小銃、携行式ロケット弾といったものを所持している。カダフィは『緑の書』ですべての権力・富・武器を直接人々の手に移譲することを語っていた。リビアの人々が重武装化されていることは誰も否定できない。これは、武器は軍隊を含む社会のどの部分にも独占されてはならないというカダフィの考えによるものである。住民を武装化させるというのは専制君主や独裁者がすることではないということは、言っておかなければならないであろう。

カダフィはヨーロッパに移住した黒人の苦境についても大変積極的に発言してきた。ヨーロッパで黒人は人種差別やさらなる貧困、極右集団の暴力、そして多くの場合には、かれらが旅する航海に適さないボートの沈没による死に直面しているのである。

かれらの苦境に突き動かされて、その必要や懸念を解決するために今年1月リビアで国際会議が開催された。世界中からやってきた500人もの代表者や講演者が、「ヨーロッパにおける尊厳ある生活、あるいはアフリカへの帰還の歓迎」と名づけられた会議に参加した。

カダフィは「私たちは良識と尊厳を持ってヨーロッパで暮らさなくてはならない」と参加者に言った。「私たちはヨーロッパと、主人と奴隷の関係ではない健全な関係を持たなくてはならない。アフリカとヨーロッパには確固とした関係がなくてはならない。私たちの存在は強固で、実質的で、善きものでなければならない。そしてそれは離散したアフリカ人であるあなたがた次第だ。私たちはアフリカ統一が達成されるまでもっともっと努力しなければならない」。

「今後、神の意思によって、研究・調査やヨーロッパのアフリカ人との連絡、そしてかれらの状況についてチェックする仕事をいくつかのチームに割り当てる。これはアフリカの子孫に対する私の義務であり役割である。私はアフリカのための戦士である。私はあなたがたのためにここにおり、あなたがたのために働く。それゆえ、私はあなたがたを離れないし、あなたがたの状況についての調査を継続する。」

アフリカ人移民共同委員会、国連、アフリカ連合、ヨーロッパ連合、および会議に参加した国際組織は会議が出した多くの勧告の実行について具体的に計画する必要性について話し合った。

カダフィとリビア革命を貶めることに熱中している人々が繰り出しているものとは異なる意見を持つアフリカ人が、インターネットで数々の発言を行っている。あるアフリカ人は言う。

「私が子供の頃に初めて読んだ漫画は、10歳の時に読んだ彼の革命についてのものだった。それ以来、独裁者がいろいろ入れ替わるなかで、カダフィ大佐こそ本当にアフリカを愛していると思うようになった! リビア人は、彼がその富を他のアフリカ人のために使うことに不平を言っているのかもしれない! でも権力を取るために彼が支援したアフリカ人は、学校やモスクを建て、多様な形の発展をもたらし、アフリカ人は自分たちで物事を成し遂げられるということを証明した。もしそのカダフィに支援を受けたアフリカ人が、カダフィが西側帝国主義とその嘘に飲み込まれるまま見捨て、彼を「民主主義」の名のもとに独裁者として見捨てるなら・・・もしそんなことができるなら、かれらこそ西側メディアが私たちの愛する指導者に与えた評判や運命を受け取るべき。もし彼の半分でも誠実であった人間が一人でもいるというなら教えてほしい。」

もう一人のアフリカ人の発言。

「この人物は多くのことで非難され、またつい最近彼の寛大なもてなしを受け入れて浮かれていた西側に耳を傾けることで非難されていたので、あなたは彼がヒトラーより悪質だと思うだろう。黒人のアフリカ人に対してアラブ人が持つ人種差別的で侮辱的な態度は、黒人のアフリカと緊密な関係を持ちたいというアラブ人の提案について私に自然な疑念を抱かせていた。しかし、カダフィは例外だった。」

機会主義的な反乱

今回の反革命的な反乱は、リビア政府当局を含め、すべての人々を驚かせた。かれらはメディアが何を報道していないか知っている。エジプトやチュニジア、またはこの地域の他の国――そこでは深刻な貧困、失業、抑圧的な親欧米政権がある――とリビア国家の構成はまったく異なっていたということである。しかし、一連の機会主義的な勢力――つい最近カダフィの内部サークルから離脱した人々を含むいわゆるイスラム主義者やアラブ至上主義者――は隣国の出来事をクーデターの実行や、自らの計画を進展させるために利用した。これらの前政府高官の多くは、数年前アフリカ人に対する大虐殺を計画し、隠密に焚きつけた張本人であり、その時多くのアフリカ人がアラブ系リビア人との街頭での戦闘において命を失った〔訳注・2000年に政府が「不法移民」の取り締まりを命令した後、若者によるアフリカ人労働者への暴力が全国で拡大し、約200人が死亡しそれ以上が負傷。何千ものアフリカ人労働者が帰国を余儀なくされた〕。これはカダフィを狼狽させ、彼のアフリカに対する取り組みを妨害するために綿密に計画された試みであった。

長い間イスラム主義者にとってカダフィは邪魔者であり続けてきた。1986年にレーガンによって爆撃されたバブ・エル・アジジア地区の廃墟から中継された最近の演説で、彼はベンガジとジャバル・アル・アフダル県にいる「髭の奴ら」〔訳注・後段に出てくる「リビア・イスラム戦闘集団(LIFG)」のこと。ベンガジとジャバル・アル・アフダル県は LIFG の拠点であった〕が紛争を引き起こしたと非難した。彼らはレーガンが彼のトリポリの居住区を爆撃し、彼の娘を含む何百ものリビア人を殺害した時にもそこにいた。カダフィは、「髭の奴ら」は家に隠れながらアメリカを誉めそやしていると言い、リビアを彼らとその植民地主義的主人の手に渡さないことを誓った。

サハラ砂漠の国境周辺にいるアルカイダと、ムスリム学者国際連合はカダフィを裁判にかけることを呼びかけている。なぜ彼らはカダフィの血を求めるのであろうか? なぜイスラエルがガザのパレスチナ人を虐殺している時にラファの国境検問所を閉鎖したムバラクではないのか? なぜイラクとアフガニスタンにおける何百万もの人々の殺害に責任があるブッシュ、チェイニー、ラムズフェルド、ブレアではないのか?

答えは簡単である――カダフィはある「大罪」を犯したのである。彼は、反動的で封建的なかれらのイスラームという考えに大胆にも挑戦した。彼は、それぞれのムスリムは支配者(カリフ)であり、彼らにコーランを解釈するウレマは必要がないという考えを支持している。彼は、コーラン/神学的な視点からムスリム同胞団とアルカイダのイスラームの考え方に疑問を呈しており、そうする能力を備えている数少ない指導者の一人なのである。彼は、「革新者(mujaddid)」(この言葉はイスラームを復活させそこからよそ者を排除し、真正な形態に回復させる人を指す言葉である)と呼ばれており、ジャマールッディーン・アフガーニーとイラン人革命家アリ・シャリアティの伝統のなかにいるのである。

リビアとは非常に因習的な社会であり、今日まで社会の表面に現れ続けている時代遅れで腐敗した考えによって苦しめられている。多くの点で、カダフィは、7世紀のアラビアで聖預言者ムハンマドが闘わなければならなかった同じもの――アラブ至上主義/人種主義、家族と部族の至上性、長期にわたる部族どうしの争い、女性の周縁化――と闘わなくてはならなかった。ベンガジは常にリビアの反革命の中心地であり、ワッハーブ派やサラフィー派といった反動的イスラム運動を育成してきた。これらの宗派の人々がリビア・イスラム戦闘集団(LIFG)を創設したのである。LIFG はアルカイダと連携し、何年にも渡ってリビア革命委員会の中心的なメンバーの暗殺を実行してきたのだ。

正しい理解

カダフィとリビア革命がどのような誤りを犯していようとも、それが獲得したものや世界の抑圧された人々の闘争に対する大きな貢献は無視することはできないし、してはならない。サイフ・カダフィは、彼の父と家族の姿勢について問われた際、この闘いはある一人の男やその家族についてのものではなく、リビアとそれが取る方向性の問題であると言った。

その方向性は常に論議を呼んできた。1982年にはリビアで World Mathaba 〔訳注・トリポリを拠点とした世界の革命・解放運動との交流組織〕 が設立された。Mathaba とは共通の目的を持つ人々が集まる場所という意味である。World Mathaba は、アイデアを持ち寄り革命的知識を発展させるために革命運動家と民主活動家を世界中から招待した。世界中の多くの解放運動グループがムアンマル・カダフィとリビア革命から教育、訓練、支援を受け取ったのである。それは、南アフリカのアフリカ民族会議(ANC)、アザニア人民機構(AZAPO)、汎アフリカ主義者会議(PAC)、アザニア黒人覚醒運動(BCMA)、ナミビアの南西アフリカ人民機構(SWAPO)、アンゴラのアンゴラ解放人民運動(MPLA)、ニカラグアのサンディニスタ、サハラ砂漠のポリサリオ戦線、パレスチナ解放機構(PLO)、南北アメリカ大陸の先住民族運動、ルイス・ファラカーンに率いられたネーション・オブ・イスラムと挙げれば切りがない。ネルソン・マンデラは、ムアンマル・カダフィのことを今世紀最も偉大な解放戦士の一人と呼び、アパルトヘイトの最終的な終焉はカダフィとリビアの支援によるところが大きいと主張している。マンデラは、彼らの闘いで最も追い詰められた苦難の時に彼らを支持したのはカダフィだと言っているのである。亡くなったアフリカの解放戦士クワメ・ツレは、カダフィのことを「アフリカの誤った指導者たちというゴミ溜めのなかのダイアモンド」と呼んでいた。

国内外のメディアや反動勢力が繰り返している不快極まりない考えは、増長した独裁者がもう一人自然な経過をたどっているだけだというものである。しかし、これは誤った情報であり、意図的な歪曲である。カダフィという男についてどのような考えを持っていようと、『緑の書』で語られている人間解放と普遍的真実への計り知れないほどの貢献は誰も否定できないのである。

西側を含む世界中の進歩派の学者が『緑の書』について、資本主義と複数政党制という西欧議会モデルへの決定的な批判であると称賛している。また、複数政党制による「民主主義」が貧困と民族・部族による紛争や混沌に帰結する惨憺たる失敗でしかなかったアフリカや第三世界にとって、カダフィが『緑の書』で提案した直接民主主義のシステムがそのオルタナティブとなることを否定することはできない。

歴史が始まって以来、どのような革命であれ、革命の達成を逆転させようとする勢力から自らを防衛してきた。ヨーロッパ人はアメリカ革命、フランス革命、ボルシェビキ革命といった血生臭い歴史のなかにそのことを見いだすことができる。マルクス主義者は、トロツキーとレーニンの赤軍によるクロンシュタット反乱へのどう猛な弾圧を「悲劇的な必要」と言っているではないか。

正しく理解しよう。リビアで起こっているのは、非暴力の抗議運動と、それと敵対する武装国家との争いではない。双方が重武装しており敵対的である。リビアで行われている戦争は本質的には、新植民地主義と新自由主義的資本主義から独立し、アラブとアフリカの固有性と文化に調和する自らの統治システムを構築する自由を持つ統一され解放されたリビアとアフリカを目指す人々と、こういった考えすべてを不快なものとみなす勢力との争いなのである。そして双方が自らの立場を守るために最大限の犠牲を払おうとしている。

間違えてはならない。もしカダフィとリビア革命が、反動や人種主義者の機会主義的な集合体に負けてしまえば、世界の進歩派と汎アフリカ主義プロジェクトは大きな敗北と後退を強いられることになるだろう。
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