ウェブサイト‘conflictive.info’の更新情報などをお知らせします。
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< March 2015 >>
RECOMMEND
[リンク記事]西側による絶え間ない戦争への左翼の反応
category: - | author: conflictive.info
[リンク記事]teleSUR

西側による絶え間ない戦争への左翼の反応
Left Responses to the West’s Perpetual Wars
Joe Emersberger 2014年10月17日

2011年のリビアにおいても、または2003年のイラクにおいてもそうであったが、西側大国による戦争に反対することは、軍事支援を渇望する人々を裏切ることになると論じる左翼がいる。アメリカを拠点としオキュパイ運動に深く関わったデヴィッド・グレーバーは、イギリスのガーディアンにおいて、ISIS の支配下に陥る危険が迫っているシリアのクルド人地域に言及しながらそのような議論を行っている。読者との会話において彼は述べる。

「シリアであれどこであれ、私はアメリカの軍事介入に反対する。私が言っているのは、緊急の戦術的な状況において、そこにすでに米軍が存在しているなら、コバニを防衛している人々が望むもの――イスラム国の戦車や大砲を取り除かせ(米軍なら簡単にできるだろう)その後米軍をそこから去らせる――を支持するということである。そのようなことを原則に照らして主張すべきでなく、コバニの人々が殺害され、レイプされ、奴隷化されるべきであると主張する人々は――なぜなら自分たちの方がかれらにとってなにが善か知っているから――私が思うに本当の傲慢な帝国主義者である。」

“私たち”はアサド政府の軍事強化を願う何百万人ものシリア人にも「従う」べきではないだろうか。イラクやアフガニスタンにおける選挙をあざけるのと同じ理由で、今年のシリアの大統領選挙をあざけることはできるかもしれないが、たとえ他に選択肢がないという恐れからであっても、数百万もの人々がアサド政府を支持しているのである。そのようなシリア人の生活や恐怖を気にかけるのか、あるいはグレーバーのいうシリアのクルド人のようにサパティスタに触発された進歩的な指導者に率いられていないという理由でかれらの存在は忘れることができるのか。そしてそのような“私たち”は、ロシアの軍事介入を歓迎する東ウクライナの人々にも同様に「従う」べきではないのか。グレーバーは、2011年に NATO が実施する「飛行禁止区域」の設定に左翼は反対すべきではないと主張するときに使われたたとえ話を再利用する。

「もしファシストがあなたの同志を殺そうとしているときに、すぐ先に警官がいたとしても、絶対的に無情な原則主義者だけが「私は警察の存在に反対なので、その警官に介入を要求することはない」と言うのである。」

ジルベール・アシュカルも同様に、ベンガジでカダフィの軍隊に市民が虐殺されているときにリビアへの NATO の軍事介入に反対するなら品位を欠くとして反戦左翼を非難していた。アシュカルは、自らの立場は西側に支援を受けた占領地域におけるイスラエルに蛮行に対する「力強い議論」を提供するものであると言った――まるで「力強い議論」は常に不足しているかのように。今年5月には、ベンガジは空爆を受けているが、それをどうやって阻止すべきかという議論は左翼から消滅した。Seumas Milneは、次のようなことを言及するほとんど無きに等しい人々のうちの一人である。「NATO による‘解放’以来リビアを苛む“衝突と残虐行為”――爆撃、暗殺、首相の誘拐、軍閥による石油輸出施設の接収、主に黒人系リビア人からなる4万人におよぶ人々の住み処からの追放、トリポリで起こった一度に46人もの抗議運動参加者の殺害――は市民を守るためと称して戦争をおこなった国々に無視されている」。そのような事実は、企業メディアにも無視されているし、左翼もその後を追っている。

1990年以来アメリカ主導の暴力は、イラクでは100−200万もの人々を殺害している。「腐敗し野蛮な警察」というのは、アメリカとその裕福な同盟国を評するのに適切な言葉ではない。それら諸国は、途方もなく強力で抑制の利かないマフィアのようなものなのである。無情さや清教徒的な原則、もっといえば抽象的な原則といったものは、その暴力に反対するのにまったく必要がないのだ。さらに、ISIS とは、John Pilger が最近私たちに思い起こさせたように、1969-1973年のクメール・ルージュと同じくその暴力が生み出したものなのだ。

グレーバーは読者に答えて、次のような楽天的な言葉を吐いている。

「いまや状況が変わりつつあり、米軍の空爆はロジャバ外部の IS を標的としている。もしそうなら、次のステップは米軍を追い出すためにクルドの革命家たちと協働し、かれらが外国の影響下で制圧されたり、あるいは吸収されないようすることだ。」

私はこれを読んでいて、今年6月にアメリカ上院が100対0でイスラエルによる何千ものパレスチナ市民の大虐殺を全面的に支持したことを思い出さずにはいられなかった。ロジャバから米軍を追い出すために活動するだって? アメリカ左翼は、アメリカ人の3分の1がイスラエルを否定的に捉えているにもかかわらず、たった一人の上院議員にさえアメリカが支援するイスラエルの残虐行為に対して反対票を投じさせることができないのである。ほとんどの人々がイスラエルを否定的に捉えているカナダにおいても、左翼の機能不全は同様である。

西側左翼ができずにいるもうひとつの基本的なことがらは、自国の政府による軍事侵略の人的犠牲について大衆に知らせることができていないということである。2013年5月、イギリスの世論調査は、イギリス人の59%が、2003年に引き起こされた戦争の結果死んだイラク人の数は1万人かそれ以下であると考えていることを明らかにした。その世論調査は、イラク戦争10周年の2カ月後に行われた――よって大量の回顧報道があった後の話なのである。科学的な研究は、24年間にわたるイラクへの攻撃のうちその時期だけで死者数は50万から100万の間であると実証している。そして6パーセントの人々しかその研究が示した数について答えられなかったのである。その世論調査の重要性は、少しでも人間の生命に敬意を持つ人々にとっては明らかであるはずであるにもかかわらず、イギリスメディアでは大変首尾よく葬られた。

アメリカ合衆国(そしてほとんど非難されることがないカナダのような主要同盟国)は、過去半世紀信じられないような殺戮行為を行ってきた。民主党のトップであるヒラリー・クリントンはさらに数世紀それを続けると公言しているのである。

一般的にいって、西側左翼にはアメリカ主導の暴力を止めるにはほとんど限られた力しか持っていない。そしてそのことと深くかかわって、西側左翼にはそのような暴力がもたらす結果について西側大衆に知らせる能力もほとんど持ち合わせていないし、そのような重大な犯罪について西側の政治指導者に責任を取らせる能力をまったく持っていない。短期的な戦術と危険な夢想を区別するために誠実な努力を傾けようとする左翼は、そのような事実を心にとどめておく必要がある。一部の左翼が避けがたくそうなっているように、絶え間ない戦争の隙間マーケティングに利用されないよう深く注意しなければならないのである。

- | - | PAGE TOP↑
[リンク記事] 西側の軍事介入と植民地主義的心性
category: - | author: conflictive.info
[リンク記事]globalresearch.ca

*関連記事
人道的介入と帝国主義文明の左翼/Tim Anderson 2012年4月11日
http://blog.conflictive.info/?eid=154318

-----------------------------

西側の軍事介入と植民地主義的心性
Western Intervention and The Colonial Mindset
Tim Anderson 2015年1月20日

この「カラー革命」〔訳注・社会主義体制下における民主化運動を総称した呼び名〕の時代に、言語はあべこべになってしまった。銀行が自然環境の保護者となり、宗派的狂信者はいま「アクティビスト」である。そして帝国は、世界で凶悪犯罪を行うのではなく取り締まるようになった。

言語の植民地主義化はいたるところの高学歴の人々のなかで起こっており、特に宗主国文化のなかでは猛威を振るっている。自称・先進文明の典型である「西側」は、植民地主義的心性を維持するため精力的に自らの歴史を再開発している。

ファノンやフレイレといった書き手は、植民地支配下の人々は心理的ダメージを受けており、帝国主義文化への敬意をなくし自らの文化の価値をより肯定するために、その精神を脱植民地支配化しなければならないと指摘した。その反対にあるのは帝国主義文化のなかにある植民地主義的遺産であるが、西側の人々は自らの文化が――普遍的でないとしても――中心的であると考えており、他の文化に耳を傾けたり学ぶといったことが難しい。これを変えるには一定の努力が必要なのである。

権力エリートは十分このことに気づいており、進歩的言語を植民地主義化し他民族の役割を矮小化することによって、自国社会の批判勢力を吸収しようと試みている。たとえば、2001年のアフガニスタン侵攻以来、NATO 軍がアフガン女性を守っているという考えが普及した。侵攻と占領に対する幅広い反対にもかかわらず、この「人道的」目標は、西側文化の宣教師的部分に訴えた。2012年にアムネスティインターナショナルはアフガニスタンの女性の権利について、「NATO よ、ここまま進歩せよ」というポスターを掲げた。その間、ジョージ・ブッシュ財団がアフガン女性の権利の進展のために資金を集めていたのである。

NATO による13年間の占領が残したバランスシート(貸借対照表)はそれほど希望を与えるものではない。2013年の国連開発計画(UNDP)の報告書では、アフガン女性の5.8%しか中等教育を受けたことがなかった(世界で下から7番目)。アフガン女性には平均6人の子どもを出産し(世界で第3位の高さで、教育水準の低さにつながっている)、妊産婦死亡率〔妊産婦10万人中の死亡数〕は470で(世界で19番目の高さ)、平均寿命は49.1歳である(世界で下から6番目)。さして印象的な「進歩」ではない。

長期にわたるアフガニスタンでの「フェミニスト戦争」は、多くの点で植民地支配下のインドにおけるイギリスの伝統を引きずっている。その偉大なる「文明化工作」の一環として、イギリス帝国は、未亡人が夫の火葬に身を投げ入れる「サティ」という習慣からインド女性を守ると主張していた。だが実際には、植民地支配はこの特異な習慣に少しの変化ももたらさなかった。イギリス支配下における少女や成人女性に対するエンパワーメントとはみじめな冗談でしかなかったのである。独立の時点で、成人の識字率は12%であり、女性に限るとそれはさらに低かった。多くの点でインドは後れをとったままであるが、教育制度は独立した1947年以降に格段に進歩したのである。

そのような事実があっても、Niall Ferguson や Lawrence James のような歴史家はイギリス植民地支配の歴史を消毒しようとするのをやめないし、より最近の軍事介入を擁護しようとする試みについては特にそうである。植民地支配を正当化するのは難しいかもしれないが、そういった言論はかつて植民地支配を行った民族に自国の歴史と文化を弁護するよりよいチャンスを与えているようである。

決して植民地権力であったことがないと主張するアメリカ合衆国の言論は少し違っている。自由と平等についてのアメリカの宣言が奴隷主と民族浄化を行った人物によって書かれた(アメリカ独立宣言がアメリカの先住民族の土地の取得に制限を加えたといってイギリスを攻撃しているのは有名である)という事実は、そういった宣言がもつ理想に影を与えていない。そのような巧妙な伝統が、最近のアメリカの軍事介入の表象に影響を与えているのはたしかである。

アフガニスタンとイラクへの軍事介入の後、方法の変化があり、大国は宗派的狂信者をその地域の独立国家に差し向けるようになった。2003年以降のがれきから生まれた新イラク国家でさえそうした狂信者に攻撃を受けたのである。いわゆる「アラブの春」においてリビアは、NATO の爆撃に支援された偽りの革命によって踏みにじられ、争いの絶えないアルカイダ集団や西側への協力者を送り込まれた。かつてはアフリカで最高の生活水準をもったその小さな国は、何十年も前の状態に戻ることになったのである。

次に来るのは勇敢なシリアで、途方もない犠牲を払って抵抗を続けている。しかしプロパガンダ戦争は根強く続いており、西側のほとんどの人々がそれを見破ることはできないようである。西側左翼は西側右翼と幻想を共有しているのだ。はじめは愛国的で世俗的な「革命」――自国民を殺害する「独裁者」に対する蜂起――と呼ばれたものが、現在では「穏健な反乱兵」、あるいは「穏健なイスラム主義者」に率いられているという。しばしば自らの残虐行為を公表しているイスラム過激派は、それらとは違う種類のものであり、ワシントンはついに戦いを決意したという。こういった話は、平均的な教育を受けたアラブ人やラテンアメリカの人間には、ばかばかしくきこえるものであろう。しかし、西側においては一定のアピール力をもっているのである。

その違いの一つの理由は、西側では民族と国家が意味するものがいくらか違うということにある。西側左翼は常に国家を融通がきかないものとして考え、ナショナリズムをファシズムに似た何かであると捉えている。しかし旧植民地においては、国民国家に一定の希望が残っているのである。西側では、ホーチミン、ネルソン・マンデラ、サルバドール・アジェンデ、ウゴ・チャベス、フィデル・カストロのような人物が存在したことがない。このことの一つの結果として、西側の思想家は自国を批判すればするほど他国を擁護することをしぶるのである。アメリカやイスラエルを批判する人々の多くはキューバやシリアを擁護しようとはしないものである。

このことは、現在行われている代理戦争を西側でより売りつけやすいものにしている。代理戦争という帝国主義による軍事介入の戦略は、ニカラグアにおけるコントラの戦争からリビアとシリアでのイスラム主義者を使った代理戦争までかなり成功をおさめてきたといえるかもしれない。大国が直接関与しているようには見えない限り、西側の人々は、他国の人々が立ち上がり「自由」を得るのを自分たちが援助しているという考えに容易に惹きつけられるのである。

アメリカ帝国主義や西側のプロパガンダについて多くの著書をもつノーム・チョムスキーでさえ、シリアへの軍事介入についての西側の弁明の多くを受け入れている。2013年、シリア反体制派の新聞におけるインタビューにおいてチョムスキーは、外国に支援を受けたイスラム主義者の反乱について、弾圧された「抗議運動」が武器を取ることを余儀なくされたものであり、アメリカとイスラエルはシリア政府を打倒することに何の利益をもたないと主張した。彼は、シリアにおける反乱に「興奮している」ことを認め、しかし「保護する責任」や国連の委任のないアメリカの直接的な軍事介入には反対するとした。それでもなお、チョムスキーはシリア政府の打倒という大義には共鳴し、NATO に支援を受けたジハード主義集団との戦いを有利にするためにレバノンの抵抗グループであるヒズボラがシリア政府軍と協力しはじめた後でさえ、シリアで「ヒズボラが戦うことの正当性は何もない」と言うのである。

どのように西側の反帝国主義者がホワイトハウスと似たような結論にたどりつくようになったのであろうか。まず一つ目に挙げられるのは、すべての国家権力に反対するというアナーキスト的あるいは極左的信念である。この信念はそれでも帝国主義に対する攻撃にはなるが、〔第三世界の〕独立国家に対しては無関心になるか反対するようになる。多くの西側左翼は、来たる選択肢は――リビアでのような――宗派主義や重要な国家機構の苦々しい分割や破壊でしかないことを知りながらも、独立国家の打倒という考えに熱狂的になるのである。

二つ目は、西側メディアを情報源として頼ることによって多くの人々がシリアでの虐殺をシリア政府の仕業であると信じるようになったということであるが、それは真実からほど遠いものである。証拠を注意深く読めば、シリアにおけるほとんどすべての非戦闘員の虐殺(ホウラ、ダラヤ、アクラブ、アレッポ大学、東ゴータ)が宗派的イスラム主義グループによって実行され、より大きな規模の「人道的介入」を導き寄せるために、時には政府が誤って非難されていたのである。

西側の反帝国主義を歪める三つ目の要因は、議論の抑制的、自己参照的性質である。議論の範囲は企業メディアの門番に監視されるだけでなく、自らが他国の文明化に影響を及ぼすという西側に幅広く存在する幻想によって補強されるのである。

数人の西側のジャーナリストは、シリア紛争を理解するための詳細な報道を行っていたが、彼らの視点は常に西側の「自由主義」的、人道主義的言説に条件付けられている。実際、近年の「人道的介入」のもっとも攻撃的な提唱者は、イギリスのガーディアンのようなリベラル系メディアや、Avaaz やアムネスティインターナショナル、ヒューマンライツウォッチのような企業的NGOから現れている。アラブ系アメリカ人である Sharmine Narwani のような独立した視点を維持している数人のジャーナリストは、有名な企業メディアにほとんど登場することはない。

帝国主義文化は、人道的援助産業をも条件付けている。イデオロギー的圧力は開発銀行からだけでなくNGO業界からもかけられている。NGO業界は、強い伝道師感情だけでなく、世界の残りの部分との関係における「救世主コンプレックス」も維持している。かつて「開発協力」には植民地支配の補償や独立への移行支援という考えが含まれていたかもしれないが、現在では年間1000億ドルの産業となり、そしてその意思決定は西側の金融機関に固く支配されているのである。

多くの援助プログラムが機能不全であることはさておいても、この産業には植民地主義的傾向があり、その非民主性は根深いものである。多くの西側の援助ワーカーは自分たちが世界の貧しい人々を「救う」ことができると信じているかもしれないが、その文化的影響は深刻なものである。援助機関は経済政策を決定しようとするだけでなく、しばしば政治的、あるいは憲法制定プロセスにさえも介入しようとする。こういったことが「グッドガバナンス」、腐敗防止、あるいは「民主主義の強化」の名において行われている。ローカル行政に問題があるとしても、外国援助機関がそれに関わるなかでもっとも非民主的な存在であることはほとんど指摘されることはない。

たとえば、先の世紀の変わり目に、東ティモールが独立国家となった。援助機関は金融手段を駆使して農業や食糧保障の分野における公共機関の発展を阻止した。そして挙国一致政府をつくるのではなく、競争政党制にするよう圧力をかけた。オーストラリアは、「援助コミュニティ」で支配力を高めるために、その後発生した政治的分断と2006年の危機を悪化させた。海上境界線と石油資源をめぐる現在も進行中の紛争においては、オーストラリアの研究者や助言者は、東ティモールが弱っている瞬間をつかまえて、与党の「改革」や、国軍の撤退や廃棄、そして英語を公用語にすることを要求した。これらの圧力はすべて抵抗を受けたが、その時、東ティモールの「友人」である多くのオーストラリア人は、東ティモールという小さな国を以前の植民地支配者から相続したと考えているかのようであった。こういったことも西側による特殊な「連帯」感情となりうるのである。

帝国主義文化は、旧植民地や新しい独立国家に介入を行うための非常に多くの、耳心地のいい口実を生み出してきた――女性の権利の擁護、グッドガバナンスの保障、「革命」の援助。その二枚舌のレベルはかなりのものである。

そういった介入は双方の側に課題を生み出す。独立民族は新しい形の抵抗を習得しなければならない。帝国主義文化における善意の人々は、自らの西側精神を脱植民地主義化する必要性について熟考したほうがよい。

そのような過程においては、(a)国民国家についての歴史的に違った見方、(b)脱植民地支配以降の国家がもつ重要で、特定の役割、(c)民族自決原則の継続する有用性と重要性、(d)体系的に虚偽を報道する企業メディアを回避する必要性、(e)西側による文明化作用という甘い幻想と対決すること、についての検討が必要であると私は考える。これらすべてが新植民地主義的心性を形づくっているようであり、軍事介入が引き起こした損害に対する西側の人々の異常なまでの無感覚をも説明してくれるかもしれない。

(参考文献リストは省略。訳者)
- | - | PAGE TOP↑
[リンク記事]アメリカ帝国と ISIS――二つの死の崇拝者
category: - | author: conflictive.info
[リンク記事] Black Agenda Report

アメリカ帝国と ISIS――二つの死の崇拝者
The U.S. Empire and ISIS: A Tale of Two Death Cults
by BAR executive editor Glen Ford 2015年2月18日

大統領オバマは、軍事力の供給と需要を司っている。彼の工作員と同盟国は、ジハード(聖戦)主義者に豊富な武器と資金、リビアにおいては欧米の空軍を供給し、アフリカとアジアの多くの土地を血みどろの混沌に陥れている。そうやって地球上唯一の「必要不可欠な国」の、つまりアメリカによる軍事介入の需要をつくりだすのである。それこそが地球上に地獄を生み出す邪悪な方程式であり、単純な論理に突き動かされているものである。つまりアメリカは軍事力しか他の国々に勝るものがないので、世界中を戦場に変えることに最高の利益を見出しているということである。末期的腐敗のなかにあるアメリカ帝国主義にとっては、世界戦争しか救いがないのだ。

いうまでもなく、オバマとは、人類の抵抗能力を焼き尽くそうとする火炎放射器であり、火吹きであり、放火魔である。そしてそのビジョンは、過去40年間アメリカが培養してきたジハード主義者という死の崇拝者も共有している。

ISIS、あるいはイスラム国は、アルカイダによって生み出されたものであり、そのアルカイダは、アフガニスタンにおいてサウジアラビア、パキスタンそしてアメリカによって生み出された。ISIS は、シリアとイラクの大部分を占領しつつ、いまやリビアの一部の主権を宣言しており、その黒旗を南イエメンとパリ郊外にはためかせている。フランスでの ISIS のわずかな登場は、多くのヨーロッパ人を古臭い十字軍感情に取り憑かせるに十分であった。数世紀にもわたって地球を略奪してきた盗賊の大陸は、そういった「邪悪な他者」を「かれら自身の国」に送り返そうと決意している――あたかもヨーロッパは遠い昔これらのアフリカ人やアジア人から盗みを働かなかったかのように。しかし結局、アメリカを模倣してヨーロッパがそこに送りつけるものは、ジハード主義者に対するより多くの武器なのである。

今週、例年と同様に、フランス、イギリス、イタリアおよび他のヨーロッパの海賊国家は、米軍アフリカ司令部(AFRICOM)のフリントロック(火縄銃)軍事演習に参加した。そういった演習は、アフリカ諸国家の軍事力をより西側の武器や訓練、資金に依存させるためのものである。アメリカとフランス双方の属国であるチャドは、その軍事演習のいつものホスト国である――まるでアフリカ各国は帝国主義国からの提案を拒否できるかのようであるが。フリントロック軍事演習は、2011年にアメリカと NATO がリビアをアラブのジハード主義者のなすがままにさせて以来勢力を拡大してきた北ナイジェリアのジハード主義者であるボコ・ハラムに対する軍事攻撃のために召集されてきた。リビアにあった軍事兵器が南方からサハラ砂漠へ流出したことによってサヘル地域の大部分は不安定化し、このことはペンタゴンというミツバチを引き入れる格好のハチミツとなった。米軍は、ボコ・ハラムと戦うために石油の豊富なチャド湖周辺の5ヶ国と「通信手段とインテリジェンスと共有する」ことを発表した――つまりは、アメリカがチャド、ナイジェリア、ニジェール、カメルーン、ベニンの軍隊の指揮管理系統の主導権を握るということの帝国主義的曖昧語法である。ボコ・ハラムが、米軍が西アフリカで支配力を固めるために大変有用な存在であることが証明された。

一方、ISIS とアルカイダが多くの拠点を持つリビアにおけるジハード主義者の大暴れは一巡して元に戻った。現在ジハード主義「過激派」の最大の根城は、ベンガジ東部の港湾都市であるデルナであるが、それはほとんどのジハード主義者はアメリカ占領中にイラクで殺害されるか捕われたからである。アメリカと NATO が7ヶ月にわたる爆撃のあとムアンマル・カダフィを打倒した後には、何百ものジハード主義者は大統領アサドに同様のことを行うことを期待してシリアに送り込まれた。その後、かれらの多くは、イスラム国の黒旗とともにリビアに帰還しているのである。

エジプトの独裁者アブデル・ファタハ・アル・シシは、リビアの三つの残り滓「政府」のひとつを支持しているが、ISIS が21人のエジプト人コプト・キリスト教移民労働者を斬首したあと、デルナを爆撃した。その残虐行為は、エジプトのシナイ半島にいるイスラム反乱兵による ISIS に対する忠誠の表明とともに、シシが ISIS に対するアメリカ主導の有志連合にリビアをその爆撃リストに加えるよう呼びかけることを促すこととなった――世界有数の人口を持つアラブ国家が、エジプト西側国境で軍事活動を拡大するようアメリカを招待したのである。

ジハードとは帝国主義にとっては天の恵みである。しかしそれは何ら偶然起こっているわけではない。リビアでアメリカはジハード主義者に権力を取らせ、リビア以南の大規模な土地の不安定化を引き起こし、そのことは米軍アフリカ司令部のアフリカ大陸支配を促進した。アメリカが主導するジハード主義者による世俗国家シリアに対する代理戦争は、ISIS の培養器となり、アメリカがイラクに介入する新しい入り口となり、シリアで公然と作戦を行う口実となり、リビアに再侵入できる可能性を与えている。そしてそれは、アメリカがたった4年前に武器や資金、そして権力を与えたジハード主義者の大群から身を守るための救世主という仮面をつけて行われているのである。

ISIS とはアメリカの戦争誘発政策にとってそのような利益をもたらす存在なのであり、オバマは対テロ戦争を再始動させるために議会に3年間にわたる事実上無制限の、そして更新できる権限を要求するほどに元気になっている。前任者のジョージ・ブッシュと同じく、オバマは ISIS とその「仲間たち」に対する彼の十字軍活動に対して地理的制限を設けることを拒否している。彼にとって世界とは実弾演習のできるチェス盤なのであり、駒を思い通りに操ることができ、それにそってルールをつくることができるものなのである。どのように駒を進めても国家・民族間関係の軍事化が拡大するよう計算されている。なぜなら軍事力こそアメリカが持つ最強の、そして唯一の切り札だからである。

真実は、アメリカの支配層はイスラム国と同様に死の崇拝者だということである――実際にはアメリカ帝国主義のほうが無限に危険なのであるが。かれらをそれぞれの天国に送り込む最大限の努力を行おう。
- | - | PAGE TOP↑
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
LINKS
PROFILE
OTHERS
SEARCH